波尾の選択 傑物たちよ---至言から探る

傑物にしか見えない風景、だからこそ発せられた至言。その言葉に触発され産まれる風景の断片

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傑物の至言-35 山崎努-2

僕のモットーは、つねに“俳優のアマチュアで、わかっていることはないんだ”ということです。実際、俳優として僕はアマチュアだと思っています。長くやっているから演じる技術は覚えたし、それで食べてもいる。でも、演技について、実は何の確信も自信ももっていません。だから、アマチュアなんです

 

僕は俳優として未だアマチュアでしかない。もっといえば、俳優業に限らず、人生全般について何もわかっていないというのが実感です。

そもそも人間というのは、何もわかっていない本当に未熟な生き物です。動物の場合は本能で生きるから何の問題もないわけですが、人間は全部自分で試行錯誤しなきゃやっていけない。子供の頃は早く大人の秘密を知りたいと焦り、青春期はホルモンに振り回される。それからも恋愛、結婚、子育てと無我夢中でやってゆくうちに、老いがやってくる。まごついているうちに寿命がつきて、ご臨終となる。これが普通の人生のパターンですが、すべてが初めての経験で、そのたびごとに手探りしながらやってゆくしかない。所詮、人間というのは“人間のアマチュア”であって、“人間のプロ”はいないんです

 

 

 

あまりにも重要なことを話されているので、山崎努さんを続ける。

日本の現在最高レベルの役者山崎努が、自分をアマチュアだと言う。

日本の役者全員、ぐうの音も出なのではないか。

 

ベテランだから、文学座出身だから、そういうことじゃなく、山崎努の演ずるもの、ある役柄として目の前登場した瞬間に、如何にすごいレベルの演技か、誰にでも判る。

 

1963年『天国と地獄』(黒澤明監督作品)での誘拐犯役のギラギラと切迫した演技は鮮烈だった。

1984年『お葬式』(伊丹十三監督作品)でのコミカルに、かつ飄々とした演技があればこそ、あの菅井きんさんの名台詞のシーンが引き立った。

 

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 しかしなんと言っても、

1998年『あ、春』(相米慎二監督作品)

2018年『モリのいる場所』(沖田修一監督作品)

どんどん凄みを増してくる。

それは決して自ら何かを押し出そうとせずとも、カメラや人前に立った瞬間に山崎努のいう人生を歩んできた時間に脳内、体内で駆け巡った事どもの集積からの表出なのではないか。

(現在公開中の『長いお別れ』はとても評判が良いようだが、個人的な理由でこのテーマの映画はいま見られないので残念ながら後回しにせざるを得ない)

 

 

 このレベルの人だからこそ、山崎努という人生を歩んできたからこそ、到達点はないということを実感するのだろう。

だからこの言葉を謙遜、謙ってと受け取るのは間違いだ。

生きていることそのこと自体が到達点はない。それを教えてくれる。

これが至言でなければなんと言う?

山崎努の1/2いや1/3の時間も生きていない連中がネット中でコンサルタントを掲げ、コピペの言葉を撒き散らし万能感を身に纏ってみせる醜さとのなんたる違い。

 マニュアルやエセ宗教に頼らなくとも、人間は手探りで生き続けられるのだと、

たった一人の生き様が教えてくれているじゃないか。

山崎努

1936/12/2- 現在82歳

役者、文筆家

 

 

モリカズさんと私

モリカズさんと私

 

 

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『けだし名言』

 

ただの名言、格言、金言じゃなく、本質に迫る言葉が『至言』。

ただの有名人、著名人じゃなく、怪物級、規格外の人物が『傑物』。

 

その『傑物』の『至言』が放たれ、凡人にも何かが触発される。

泡立ち、鳥肌が立つ瞬間。そこから目を逸らすのを止めよう。